これは先生、お厳しい
◇むかしむかしあるところに、勇気のある男の子がいました。
勇気というものはだいたいにおいて、本当のことをさがすために
あるものですが、その男の子のもちあわせた勇気もごたぶんにもれず、
たいがいは本当のことをさがすために使われました。
それが良いことだったか悪いことだったかは、神様のみぞ知る、
というところですが、案の定その男の子は、ほかのひとよりも
たくさんの本当のことを知りましたし、その中にはもちろん、
孤独がふくまれていました。
『谷川俊太郎<<詩>>を読む』収録
「研究をまとめるための小品−『コカコーラ・レッスン』」
安井たま子 より
◇堀井が死んだとき、今後十年、堀井を凌駕する才能は出てこないだろうと
追悼文を書いたが、少なくともこの二十三年間に限ってみても、私の予言は
当たったといわざるをえない。期待を持たせた俳人に
河原枇杷男、鷹羽狩行、上田五千石がいた。だがそれは儚い夢として終わった。
五千石は第一句集『田園』以後、まるでポーの『メールストロームの渦』の主人公のように
一夜にして白髪の若年寄りとなり、鷹羽も第一句集『誕生』以降、新ホトトギス調というか
無感動俳句の量産俳人となってしまった。枇杷男も同じだ。ある日を境いに緊張感を喪失し、
自己模倣を反復するようになった。
「俳句四季」1999/10 シリーズ夭折の詩人9/堀井春一郎
「つばくらからの弾劾」 齋藤慎爾 より
◇塚本メモ2
*柔道三段望月兵衛(もちづきひやうゑ)明眸にして皓齒(かうし)一枚を缺きたり
『歌人』
このメモでは「歌人」以降の塚本邦雄、というのを考えて行く。
掲出歌は歌集二首目。個人名を用いた歌はいくつかあるわけだが、
*瑠璃懸巣飛んで散亂 今日めとる青年團長五十嵐正午(いがらししやうご)
『天變の書』
*裸祭の花崎遼太處女座(をとめざ)のうまれ死にたいほどはづかしい
『不變律』
どこかに余裕のようなものを感じさせずにはおかない。
塚本の中には、
自転車に乗りたる少年坂くだる胸に水持つ金森光太/葛原妙子
の歌があったと思われるが、葛原のあやうい一回性とは逆に、塚本の歌の中には
近代自然主義小説のようなディレッタント性が濃厚になる。掲出歌も、「明眸皓齒」
という四字熟語をもどいているわけで、それが長輿義郎が書く垢抜けない書生の描写のような
印象を与える。しかしこれも作者塚本邦雄に一首の壮年者のイメージをかぶせるからで、
作者を若年に受け取ると、同年代同性への観察的詠草に見えなくもない。
余裕とともにちょっとした非達成感が感じられるのは、色彩感にとぼしいからか。
柔道三段望月兵衛 さざんかを折りとれば神々の露払ひ
柔道三段望月兵衛 燦々と学生服の裏地の白虎
柔道三段望月兵衛 酒は火か 風は伽藍か たたなづく夜に
などといじってみたくなる。何度も読んでいると、マンガの「柔道一直線」を思い出して
ばかばかしくなってくる。「帯をギュっとね!」以降の歌としては、弱いのかも知れない。
さすがに岩波現代短歌辞典には「柔道」の項目はない。
GREE日記(5) 2005/12/09 13:19 正岡豊 より
◇かれの作品に形象化された複雑で怪奇にすら見える家族関係、剥き出しにされた
エゴイズム、小説的に暗い過去、奇妙な少年時代、それらの環境に傷つけられた
少年の魂の悲鳴、それにおしまげられ自己嗜虐症化されてあらわれる青年の心理、
こういうものは土屋文明先生がかつて一度手をつけたが、それよりもっと生々しく
多様な姿をとつて出てきている。たとえば
なよなよと女のごとくわれありき油断させて人をあざむきにけり
教養あるかの一群に会はむとすためらはずゆき道化の役をつとめむ
わが父にくびりころされし亡霊がいつしかわれの重荷となりぬ
面当に死んでやれとわが行きし川に泳ぎつかれ飢じくなればかえりぬ
血をわけしはこの姉一人とぞ感傷してその度に金を捲きあげられぬ
又無心かとこころ沈みぬ鮒さげてにやにや笑ひ来たりし義兄に
等々、ちよつとそこから引つぱり出しても従来の短歌にはなかつた世界がくり
ひろげられている。
『指紋』 中島栄一歌集 (筑摩書房「現代短歌全集」版)
序 杉浦明平 より
◇冬の橋きれいな服を着るこころ
木星や卵焼き器を洗いつつ
冬の雨白鳥に似し弦楽器
さざんかや月星シューズ売る夜店
そこまでをおくると言えば冬の星
帰り花きみと別れてよりは見ず
柿落葉手帳の最後は年齢表
冬紅葉下手に出ざる利休にも
冬紅葉眼科医の恋、象の愛
手袋や幸彦問いし季重なり
殺してはならぬ兎を今日も抱く
ソノシートああ誰がために冬は来る
忘れめや月の輪熊と古今集
ベテルギウスにも黄金の散紅葉
GREE日記(3) 2005/12/07 08:19 正岡豊 より
◇
(対馬康子句集「愛国」を再読)
「愛国」を座りて読みぬ秋の部屋
死火山と火山のあわいきすげ咲く
もろびとこぞりて歳末の百貨店
われもまた霧に汚物を流しけり
空にあるわが本心や夕時間
さっき書いた句編 正岡豊