耳成山プロジェクト


◇買った本


*「トレイシーズ」2号 思想別冊 岩波書店
*「海」 1982/1月号 中央公論
*「海」 1983/10月号 中央公論


◇”rimo””darao”にはじめてさわる。
 インターフェースかっこいいじゃん、リモ。
 wiiで遊んでる人は使ってるのだろうか。


◇昼から奈良市街へ。
 先日いきそびれた「オリヅル社」は、どうも引っ越していたみたいで、
 奈良の最近の観光スポットの町屋を改造したテラスハウスみたいな、
 おっきな美術館のショップみたいなのの横をはいっていったところに
 看板が出ていた。
 あさっての22日(月)にはもちいどのの24時間TVが募金をしてるとこで、
 伊勢の観光キャンペーンがあるらしくて、
 おひるに「伊勢エビ汁」を無料で配るんだとか。
 なにそれ〜。


◇いつもの古本屋のフジケイ堂をのぞくと、雑誌のところの上に、あの2200円もした
 トレイシーズの2号が。これで終わったのかなあ、この雑誌。
 この号が2001年だから、もう6年たっている。
 酒井直樹の『自由論』が平積みしてたころからもうそんなになるのですな。
 「海」が数冊あって、一冊この表紙見たような、と思ったら、
 「文藝」の最新号で蓮実重彦に「小説が書けないことをえんえんと書いている」
 と誉められている(と思う)高橋源一郎の二作目の長編「虹の彼方に」が
 掲載されてた終刊の号だった。
 確かにこれは買った。
 1月号の方は、クリステヴァガルシア・マルケスが載っていて、
 10月号の方はヴォズネセンスキーの「O(オー)」という250枚の小説が。
 ヴォズネセンスキーというのは加藤登起子が歌った「百万本の薔薇」とかいう
 歌の、原曲に歌詞をつけた人みたいですが、これは小窓をあけていたら
 ブラックホールがとびこんできた、とかいう書き出しではじまる小説というか散文。
 まあそのあと「彼女(と書いてブラックホールとルビが振ってある)」をつれて
 街へ出たり食事したりするというそんな話です。
 翠星石とか、あんな感じですな。


◇しばらくぶりに短歌をいくつか書いたりする。
 私の場合は中空に指で書いてるみたいなものだから、
 そこに濃い雲でもかからなければ書けないわけだ。
 そういう書き方はいいか悪いか以前に、「書く」ということでも
 ないのかも知れないな、と思ったりもする。